Category: どうでもいい話 — written by johnny 09.02.23.(月) 14:26

波照間、違うし。

前にも書いたテレビドラマ「本日も晴れ。異状なし」が、どうも評判よろしくない。

波照間島をモデルにしているらしいけど、松下奈緒の勤める小中学校は波照間小中学校ではないし、港も波照間港じゃない。集落の風景も違うし。ロケはどこか他の島でやってるみたいだ。だからニシハマビーチなんかも出てくるはずがない。

ドラマとして違和感あるのは、登場人物のほとんどがきれいな標準語喋っている点。サトウキビ農家の青年役の沖縄訛りが妙に新鮮に聞こえてしまう。

それに秋川雅史の主題歌もなんだか不釣り合いで変だ。

..................................
Category: どうでもいい話 — written by johnny 09.02.21.(土) 23:50

週刊新潮VS朝日新聞+週刊文春?

昭和62年5月3日の朝日新聞阪神支局襲撃事件の実行犯と名乗る男の実名告白手記が週刊新潮に連載されていた。襲撃を依頼してきたのはアメリカ大使館職員であり、犯行声明文の原案を書いたのはあの右翼の大物、故野村秋介氏というから話はデカい。

この男は朝日新聞記者とも接触しており、朝日新聞ではこの男の発言の信憑性は低いと判断し、記事にすることはなかったという。そして週刊文春はこの男の元妻に取材し、男が実行犯であるはずがないという証言を掲載。

新潮も元妻に取材し、文春への証言には記憶違いがあり文春に対し記事にしないよいうに依頼したにもかかわらず記事にされ、抗議したところ文春から謝罪され謝罪料も受け取っていたことを暴露した。

真偽の程は不明だが、こんな重大事件である。警察の徹底した捜査は期待できないものなのか。どうでもいい話ではないだろう。

..................................
Category: ボクが読んだ本 — written by johnny 09.02.19.(木) 12:32

やめたら

大橋巨泉とみのもんた、どっちの生き方に憧れるかといえば、僕は断然、巨泉さんですねえ。

早くにセミリタイヤして、夫婦でのんびり過ごす。別に海外に住みたいとは思わないけど、沖縄なら最高だなあ。

歳とってからも、朝から晩まで働き続けたくないよなあ、いくら大金持ちになれたとしても。。。

で、そんな大橋巨泉が思う、こんなものやめたら、なものが書いてある。

タバコ、レジ袋、地デジ、世襲政治家、資本主義、クライマックスシリーズ、ビール付きのゴルフなどなど。

硬軟取り混ぜていろんな「やめたら」が。あ、中にはブログもやめたら、って書いてあった。

<「やめたら」大橋巨泉著 角川oneテーマ21>

..................................
Category: どうでもいい話 — written by johnny 09.02.18.(水) 18:39

淡麗Wって、どうよ。

もう20年来、ビールはアサヒスーパードライ派なんでありますが、

キリンから今月発売になった発泡酒「淡麗W」がちょっと気になるんです。

なんせプリン体99パーセントカットだって。ほぼゼロってことでしょう。すげえ。

痛風キャリアの僕は、一日ビールは1本か2本と決めているのも、すべてプリン体のせい。

ほぼゼロなら、いいんじゃない?

でもおいしいのかなあ?

ま、近々に一度は飲んでみるつもりだけど、今の気持は正直、味に関して期待薄。

だってプリン体ないんだもん、おいしいはずないよな。。。

どうなんだろ?

..................................
Category: ボクが読んだ本 — written by johnny 09.02.17.(火) 18:21

あの戦争は何だったのか

あの戦争とは言うまでもなく日中戦争から太平洋戦争に至る先の大戦のことである。当時、まともにアメリカと戦争して勝てるはずがないことは、誰もが常識としてわかっていた。ではなぜ、そんな負け戦を始めてしまうようになったのか?二・二六事件をターニングポイントとして暴走を始めた軍部が統制できなくなり、自ら戦わざるを得なくしてしまったのではないか、と。

当初、真珠湾攻撃に始まり、シンガポール攻略、マレーシア、ベトナム、カンボジア、インドシナ半島、さらにマッカーサーのいたフィリピンも制圧してしまう。開戦当初の占領予定地はほぼすべて手に入ったのだ。では次に取るべき行動は?そこではたと悩ませてしまったのである。この戦争の勝利とは何かを想定していなかったのだ。いつ終わりにするかをまるで考えていなかったがためにズルズルと戦争を続けてしまった。あまりにお粗末というしかない。

陸軍と海軍の対立や大本営の情報統制により現実の戦況が天皇にすら伝わらず、一億総玉砕や人間魚雷、神風特攻隊など、常識では考えられない無謀なおぞましい作戦にでるという悲惨な戦いへと続く。

そして1945年8月15日正午、天皇の玉音放送がなされ、ポツダム宣言を受諾。しかしソ連は日ソ不可侵条約を一方的に破り、8月9日から侵攻を開始し、8月18日、千島列島北端・占守島に、28日に択捉島、9月4日には歯舞・色丹島を占領し、今も北方領土は返還されていない。

我々は通常この8月15日を終戦記念日と呼んでいる。が、この日は言ってみれば単に日本が一方的に「負?けた」と言っただけに過ぎない日なのだ。実際には東京湾上のミズーリ号で戦勝九カ国と日本が降伏文書に調印した9月2日、それが第二次世界大戦が終了した日なのである。そしてまた、「終戦」ではなく「敗戦」である、と。「敗戦ということを理解することから全てが始まるんだ」という東久邇宮首相の言葉こそ筋が通っている、と著者は述べる。

決して被虐的日本史観という内容ではなく、当時の政治、軍事指導者たちのあまりに無責任なハチャメチャぶりと、それに振り回されてしまった多くの国民の図は悲劇を通り越して絶望的である。現在のおバカ政治家たちに振り回されないようにしないと、ね。

<「あの戦争は何だったのか」保阪正康著 新潮新書>

..................................
« 前ページへ次ページへ »

Powered by maru2.jp   ver.090205.17.maru2.jp